目次
つぶやき
技術系や雑感等は再編集して本文の記事にする事を前提としているので、こっちにLinkを張らないでください。
Facebookに書いた駄文(20140822)
非常に個人的な見解だが、そろそろインターネットはその根本から見直す(作り直すではない)必要に迫られている気がする。
日本で「一般」にインターネットが広がり始めたのを1995年とすれば、19年、今のような常時接続が普通に手に入るようになったのを2000年としても、高々14年。 つまりは、20年に満たない短期でこれだけ「普通になる」なんて事は(少なくとも僕は)1995年当時は全く想像もしていなかった訳で。 あまりにも変化が早すぎて、つぎはぎだらけになっている今の現状をもう一度ちゃんと見直さないと、この先どんどん複雑怪奇になって行くだけなんだろうと思う。
しかし、実際に(曲がりなりにも)動いている基盤を置き換える事の難しさは、IPv6でさんざん体験したからなぁ。
Facebookに書いた駄文(20140903)
久しぶりに超頭に来たのでちょっと駄文を。
当然、「個人の感想」なので、価値観違う人は「華麗に」スルーしてください。
個人的に、今の特許制度は大嫌いだが、それにしてもこれは無い。(結果として飛ばしでした)
「産業界の意向で」とか言い訳を書いているが、「社員の物は会社の物、会社の物は会社の物」といういわゆるジャイアンモデル(ジャイアニズム)がまかり通るってどうなんだ?
「報奨金制度がー」とか「実際の影響はー」とか言う人も居るが、そんな論点のすり替えは論外であって、重要なのは、「アイデアは誰の物なのか?」だろう。 場所があれば誰でも、特許が取れるような独創的なもしくは大きな変革を生みそうな何かを考えられるわけではあるまい。
もちろん、アイデアなり技術なりを検証、実装する為の環境を提供したところに対して対価があるべきな事は当然だし、そこは否定しないが、今回のこの結論は、技術者・研究者からすれば、「庇を貸して母屋を取られる」ことにしかならない。
「独創的な」もしくは「大きく物事を変えるかもしれない」何かを考えだした人に対する尊敬の念も感謝の念も無いこんな事がまかり通るなら、少なくとも自分は「組織の業務で特許を取るような何か」を考える事はしない。 それが評価基準になるのであれば、そんな組織を脱出する方法を選択せざるを得ない。 (自分が特許取れる程独創的な何かを考えられるかどうかは別問題。僕にはその能力があるとは思わないけど)
個人的には、特許制度の本来の理念である
- 「技術を公開して共有の知識にする」その為に「ある程度の期間保護してあげる事も必要だから保護期間を設ける」
と言う点には賛成するが、その悪用をして
- 「他人に使わせない為に」「思いついた段階で」「とりあえず適当な特許を取る」
がまかり通っているだけでも胸糞悪いのに、その上でさらにこれでは、特許制度という制度そのものを廃棄すべきではないかと真剣に思う。
はっきり言ってしまえば、個人的には特許なんて5年くらいの保護でいいと思う。
その期間で、その特許技術を利用したビジネスを始めて先行者利益が取れる(もしくは開発にかかった費用を回収出来る)ところまで行かないならば、それはもうしかたが無いんだよ。 出来る人に公開して社会を変えてもらえばいいじゃないか。それだけの事を考えられる人ならば、特許まで行かなくたって、その人に価値があるからちゃんと評価する人は居るでしょう。
それでなくても大した文章書けるわけでもないのに、それに輪をかけてひどい文章(文章ですら無いか。只の雑感)になっているのはきっと頭に来たせいだ。そういう事にしてくれ。お願いします _o_
Facebookに書いた駄文(20141031)
グダグダな駄文なので、時間の無駄かもしれません。 適当にスルーよろしく。
FreeBSD 10と本格的に格闘中。
FreeBSDに本気で体重をかけるのはもう何年ぶりだろう? NetBSDに転んでからは本気で触ってなかった。
JNUGの設立が1999/8/21だから、1998年にはNetBSDに体重をかけてたってことだ。ということは…もう16年になるのか。
その頃のNetBSDが、NetBSD 1.4.1、FreeBSDはというとFreeBSD 2.2.8 FreeBSD3.0…どんだけ真面目に触ってなかったんだろう?と思う。わからないことが多くなっても当然だよね。
NetBSDはその後、所々手抜きはしても触ってたんだけど、FreeBSDは2000年くらいからは本当にほとんど触ってなかった。時々Installしては動作確認する程度。
個人環境で頑張るならともかく、まともにサービスでBSDを使おうとすると、どうしてもNetBSDでは辛い。 なにより、自分一人でサービスできるわけじゃないから、使える子を増やさないといけないわけで。 しかも、利用者は圧倒的にLinuxの方が多いわけだから、教えるにも一苦労。 それでもやっぱりBSDはいいと思うんだ。 (Linuxがダメと言っているわけではないので勘違いのないように。Windowsは嫌いだけど、それも個人的な範囲限定。仕事では関係無い。やるだけ)
今回触ってみて思ったことは、いつの間にFreeBSDってこんなに「簡単」になったの?ってこと。 まだまだ差はあるんだけど、CentOS並みに使いやすくなっている。 Binary Packageは、個人的には堕落の入り口だと思うけど、これがないとやっぱり入門者には難しいわけで。
今時OSを本気でどうこうしようという人よりももっと上のApplicationエリアで戦うわけだから、利用するApplicationをどれだけ簡単に使えるようにするかが一番大事。 NetBSDのpkgsrc/Binary PackageやFreeBSDのports/binary packageは随分良くなっているというのが実感ですね。
ただ、どうしてもRedHatに追いつくことができない部分が、Componentの互換性検証の部分。 RHEやCentOSの一番素晴らしい部分がこれで、同一Version内でのyum updateによる更新で上物が動かなくなった経験はないんだけど、これってRHがものすごい頑張っている部分。 この部分だけはどうしてもFreeBSDやNetBSDでは苦しい部分。
NetBSDはやっぱりマニアなOSだと思う。 個人的にはそれでもNetBSDの方が好きではあるんだけど、やっぱりこの「マニア」な部分がすごく敷居を上げているように思う。
NetBSDからforkしたOpenBSDもマニアなOSではあるんだけど、これは「Security」という点に早くから注目し、非常にConcreteかつStableな実装なので、これはこれでありだと思う。 FreeBSDやOpenBSDと比べると、どうしてもNetBSDって中途半端な気がするのね。いいOSなんだけどね。
まぁ、BSDで頑張ろうとすること自体がすでにMain streamではないのだろうとは思うけど、しばらくはBSDで頑張ってみよう。
Facebookに書いた駄文(20141106)
某有名な殿のところて思わず突っ込んでしまったが、Security人材の不足とか今更言われてもな〜と思うわけで。
Securityってのは、根本的には、保護する対象が存在し、その価値が判定できることが前提のはずなんだよね。 なのに、最近のSecurityに関する報道だのを見ると、そういう根本はどこかに置き忘れ、ハンパな議論になっている感が凄い。
よく考えて欲しいんだけど、保護する対象があるとするなら、なぜそれが存在する(もしくは顕在化する)か?ということが本当の問題なのです。だから、「持たなければいいじゃないか」的な議論も起こるわけで。(わかりにくいかな〜)
殿も言うように、セキュリティって単純に「セキュリティという技術」があったり、「セキュリティという実装」があるわけではない。 「対象を保護する技術」なり、「対象を保護する実装」があるのであって、「セキュリティ」という独立した何かがあるわけではないんだよ、ということが本当に理解されてないと思う。
セキュリティ技術者がいないんじなくて、専門「家」として何かを「総合的に考えられる技術者」がいないんだということに気づくべきだと思う。 その意味では、専門家が足りないんだろうね。専門技術屋はたくさんいるけど。
Facebookに書いた駄文(20150115)
Twitterでつぶやいたんだけど、こっちにも。こっちに書くのはそれはそれで怖いんだけど。
今日のJANOGで「なぜ、IPv6 対応したくないのか」というセッションがあって、そのツダリを見てて思った事。
IPv6にしたくない理由なんて、おそらく星の数ほどある。で、僕の観測範囲に限定すれば、「面倒臭い」と言えないから理由をつけてやらないと云うのが多い。(全てではない)
IPv6の最大の弱点はおそらくこの「面倒臭さ」を解消できなかった事じゃないかと。
で、面倒臭い理由が
- 「既にv4が広がってしまい、始めるためには結局v4もやらなければならない」
- 「v4でやれるなら両方ヤルのは工数からも運用からもコスティ」
- 「もういいよv4だけで」と多くの「Contents作成者」が思う
じゃないかと。(全てではない)
僕らインフラ側は、もう、IPv4だろうがv6だろうがなんとかなると思うわけですよ。それだけの期間IPv6を触ってきたし、そういうインフラも作ってきたし、ここからやることは恐らくほとんどデバッグ。
でも、コンテンツ側って、恐らく僕らがIPv6ネットワークを作り始めた頃はIPv6なんて関係なかったし、IPv6って言われ始めた頃は「対応が面倒」な上に、利用者も少なかった。しかも、今よく考えてみれば、v4 or v6なんて、本質的にどうでもよくて、作成したコンテンツが「最も消費してもらえる」プラットフォームを利用したいだけでしょう。Social Game作る人ですら、ほとんどの場合HTTPプロトコルのPayloadを利用するだけで別にSocket Programmingしているわけじゃないし。
(まぁ、log分析だの何だのを考えれば色々やることはあるだろうけど、そこはコンテンツ提供という当初の目的からすれば二次的な範囲なわけで)
その上で、IPv6は実質的に「アドレス空間が広いという事」以外にIPv4に対する優位点はないわけで、それも、「今のサービスモデル」を前提にするなら、NATだのLBだのである程度逃げられるから、Protocol的な優位点はないと思うわけです。
(新しいサービスモデルを考えるという「銀の弾丸」による解決は、コンテンツ提供側から出てこない限りインフラがいくら物申しても実装されない現状を考えれば、不可能という結論に落ちざるを得ない)
そういう状況だという僕の認識の上で、「僕が」今からIPv6「も」使ってもらおうとするなら、
- 「ミドルウェアまで面倒見るから、そこにアプリを乗せてくれれば大丈夫」と云える(一種のPaaSのようなBaaSのような)サービス基盤作る
- コンテンツ制作者側に「本当に」アプリに注力してもらい、上記インフラを使ってもらう
- インフラの運用はコンテンツ製作者側と連動しながら自前で行う
と云う作戦を取るような気がする。
この作戦がうまく行くとは言えない(時間かかるし、そもそもそういうニーズがあるか、コストが回収できるかなどの問題がある)が、もう「銀の弾丸はない」と骨身に沁みてる人が、「小さなことからコツコツと」時間かけてゆっくりやるしかないのかな、と思っている。
僕の結論は、よほど「新規性があっ」て「今までのインフラ上ではできない」ものでない限り、インフラの根本に関する巨大な変化を要求する技術のdeploymentは「結局面倒臭い」ものだということ。
それでも、僕は、「僕の出来ることはやり続ける」つもりだけどね。
まぁ、20年近くIPv6と付き合ってきて、今だから言えることなんだけどね。
